第62回 くれないの塔清掃活動および慰霊式のご報告
8月31日と9月1日に、第62回くれないの塔清掃活動と慰霊式を無事に開催することができました。
31日のらんかん山清掃には、朝早い時間にもかかわらず約60名もの方々にご参加いただき、過去最多の参加者となりました。
今回より市議会議員やライオンズクラブ、YEG、奄美警察署など、新たに参加していただいた方々もおり、大勢でスムーズに清掃を行うことができました。
9月1日の慰霊式には約50名の方が参加され、JCのメンバーが少なかったためYEGの皆様にもご協力いただき、今後活動を続けていく上で、他団体との連携が非常に重要であることを改めて感じました。
慰霊式では、JC理事長、奄美市市長、自衛隊の海将補の3名から追悼の言葉をいただき、最後に参加者全員で集合写真を撮影しました。
慰霊式後、有志で再度らんかん山に登り、献花を行いました。
ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
今後も皆様と協力しながら活動を続けてまいります。
『くれないの塔』
昭和37年9月3日婦人の生命を救うべく急患用血液を輸送のため海上自衛隊鹿屋第一航空軍のP2V機が奄美大島の地理的困難に立ち向かい飛び立ちましたが、不帰の着となり12名の隊員と1名の市民が尊い犠牲となりました。
61年前、奄美大島青年会議所の最初の事業として市民からの寄付金を基に事故のあったらんかん山に慰霊碑を建立しました。慰霊碑の前には事故機のタイヤも埋め込まれています。